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コラム

「人的資本の開示による企業価値向上」

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2022年7月4日

主任講師・コンサルタント

山田 豊文

◆注目される人的資本の開示

 人的資本の開示に対する注目度が高まっています。人的資本とは従業員を投資の対象として位置づけるための呼称であり、注目度が高まることのきっかけは2つあります。1つは2018年12月に国際標準化機構が人的資本の情報開示のガイドラインをISO30414として発表したことです。2つ目は2020年8月にアメリカの証券取引委員会が人的資本に関する情報開示を義務づけたことです。
 日本では金融庁が2023年4月以降の有価証券報告書記載義務を方針としています。内閣官房は人的資本に関する幅広い情報の公表を企業に求めています。内閣官房が公表を求めている情報は人材育成、多様性、健康安全、労働慣行の4分野です。人材育成の主な項目には「自発的、非自発的離職率」、「研究者の確保と定着への議論状況」、「後継者の育成プロセス」があります。多様性は「性別、人種、民族の割合」と「期間中の差別事例の総件数」、健康安全は「労働災害発生割合」と「従業員の欠勤率」、労働慣行は「基本給と報酬総額の男女比」と「福利厚生の種類と対象」が主な項目です。
 人的資本の情報開示は株式公開企業が先行しています。東京証券取引所プライム市場に株式公開しているリンクアンドモチベーションは今年3月にISO30414を取得しています。株式を公開していない企業でも人材採用に注力する場合は人的資本に関する情報の開示が考えられます。人的資本に関する情報開示が、企業の魅力度向上となり人材採用におけるプラス要素になるためです。

◆企業価値の捉え方と向上の方法

 人的資本の情報開示が重視される背景には、人的資本に対する投資が企業価値の向上に結びつくことがあります。企業価値は株式公開企業の場合は時価総額で確認できます。時価総額は株価と発行株式数をかけることで計算できます。株式を公開していない企業の場合はキャッシュフローの金額を把握することで企業価値を算定することができます。キャッシュフローを安定的に生み出すことができれば、企業価値は高くなります。
 しかし人的資本に対する投資の効果は企業価値全体よりも無形資産で評価すべきであるという考え方があります。無形資産には特許、商標権などの知的資産、人材の業務遂行能力などの人的資産が含まれています。2003年設立のアメリカの投資銀行、オーシャン・トモはアメリカの主要企業の無形資産は企業価値全体の90%以上であると試算しています。一方、日本の主要企業の無形資産は企業価値全体の32%にとどまっているとされています。アメリカでは企業価値に占める有形資産の割合が10%未満ですが、日本では有形資産の割合が60%以上であることがわかります。アメリカ企業との比較から日本企業は人的資本に対する投資を積極的に行って無形資産を増やすことを通じて、企業価値を向上させることが期待されます。

◆人材育成と無形資産の関係

 人的資本に対する投資は人材を採用しやすくなることに加えて、商品及びサービス市場における競争優位に結びつきます。人的資本に対する投資は人材育成に直結しますが、人材育成は競争優位の源泉になります。また人材育成によって築いた競争優位は長い期間、保つことが可能です。一方、設備などの有形資産によって築いた競争優位は、競合他社が短い期間で、追いつくこともできます。人材育成による無形資産の増加と異なり、有形資産は資金を投じることで入手することができるため、有形資産だけに依存した競争優位は短命に終わってしまうことが考えられます。
 人材育成は人的資産の価値を高めることに加えて、特許などの知的資産を増やすことにも貢献します。また内閣官房が公表を求めている人的資本の4分野には人材育成以外に多様性、健康安全、労働慣行の3分野がありますが、この3分野はいずれも人材育成を支える付随条件として捉えることができます。
 人材育成を重視して無形資産を増やすことを通じて、企業価値を高めるとともに、商品及びサービス市場で競争優位を築くことが期待されます。

以上

■コラム「人的資本の開示による企業価値向上」