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コラム

「人的資本の経営上の位置づけ」

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2023年10月2日

主任講師・コンサルタント

山田 豊文

◆経営における人的資本

 国際標準化機構が2018年12月に人材マネジメントに関する情報開示のガイドラインとして「ISO30414」を発行したことをきっかけに人的資本の経営における重要性が認識され始めました。この発行物の正式名称は「Human resource management-Guidance for internal and external human capital report」であり、人的資本の言葉が使われました。
 日本国内では2020年に経済産業省が人的資本の経営上の重要性に言及しました。経済産業省によれば10年間で株主総会において、人事や労務に関する質問を受ける企業数が2倍になっているとのことです。また機関投資家の集まりである生命保険協会は2021年に、投資家が最も着目している企業情報は人材投資に関する情報であり、その理由は人材投資が、その企業の将来性に大きな影響力を持っているためとしています。
 人材投資が企業の将来性に大きな影響力を持っているのは、人材投資の結果が人的資本として蓄積されるためです。国際的にも日本国内でも、経営における人的資本の重要性が高まっています。

◆人的資本に関する先進的な取り組み

 人的資本が重要であるために、上場企業は人的資本の開示が義務づけられています。具体的には有価証券において、人的資本に関する戦略、指標、目標を開示することが求められています。臨床試験機器製造業であるシスメックスは人的資本の目標と実績の両方を開示することにしています。開示の対象には連結ベースでの人件費などがあります。シスメックス以外では、採用や離職といった人材確保を対象とする大和ハウス工業やJR東日本、人材育成や女性管理職数などを開示する三井不動産などがあります。
 人的資本への投資を内閣府は競争優位を形成するために必要な戦略投資と捉えています。戦略投資の結果、人的資本を充実させるのであれば、独自指標を選んで開示することが考えられます。欧米では独自の指標を開示している事例があります。アメリカのシスコシステムズは多様性を重視して、職種や階層別の男性と女性の割合、民族比率を開示しています。ドイツの化学製造業であるBASFは育成を重視して、学習サービスや研修の利用度を開示しています。同じくドイツのSAPは投資を重視して、人件費がどれだけ粗利益を生み出したのかを算出しています。

◆人材確保における人的資本

 人的資本が重要であるのは大手企業だけではありません。企業規模に関わらず優秀な人材を確保することが必要です。そして人材の中途採用においては大手企業と中堅企業などは競争関係にあります。2022年8月から11ヶ月連続で全国の有効求人倍率は1.30倍以上で推移しており、企業の求人ニーズは旺盛です。そのため優秀な人材を中途採用するための競争は過熱傾向にあります。
 一方で多くの人材は転職先を選ぶ場合、企業規模より将来性を重視します。社員の育成などの人的資本に対する投資は企業の将来性に影響力を持つために重視されます。従って、中堅企業などにおいても人的資本に関する情報を開示すべきです。人材の多様性は働きやすさに、育成は自らの成長に、投資による収益貢献は自らの報酬に結びつきます。
 企業が人的資本に関する情報を開示することは、優秀な人材を中途採用する場合の重要事項です。自社の陣容を見直して、中途採用により優秀な人材を確保するには、人的資本に関する情報を、どの程度、開示すべきであるかを意思決定することが重要です。少しでも多くの企業が、積極的に人的資本に関する情報を開示することが期待されます。

以上

 

■コラム「人的資本の経営上の位置づけ」